FC2ブログ

ある一族の序章 -第二話-

2019.08.26 09:40|俺屍

第二話 夏野



「いいか、夏野。よく聞け」
 当主ノ指輪を夏野が「カナ」の名と共に受け継いだのは若干四ヶ月。見た目もまだ十に達するか否かという幼い少女に跡目を継がせるなど、世間から見たら正気の沙汰ではないのだろう――しかし、この家には初めからそんなものはなかった。
「次期当主はおまえに任せる。だから、約束してくれ」
 病床に伏せった父の言葉を、夏野は真剣に受けた。いつもお転婆が目立つ娘の殊勝な態度がおかしくて、三牙は思わず笑みを漏らす。
 ぽん、と娘の小さな頭に手を置いて、三牙は言い聞かせるように続ける。
「誰も恨むな。自分の血も家族も世間も……誰も恨んじゃなんねぇ」
 分かったな、と念を押すように三牙は言った。
「はい、父様」
 ――その時、確かに夏野は頷いた。
 頷いて、「カナ」の名を継いだ。



 千穂っ!と悲鳴に近い冬佳の高い声が響いたのは十一月の大江山。その年、初めて遠征に出掛けての出来事だった。
 夜叉の容赦ない一撃はまだ小さな千穂(ちほ)の体を彼方へと吹き飛ばした。
「撤退を…!」
「ダメだ…、囲まれてる!!」
 秋司はそう言うと大将に矢を射った。頭を潰すことに切り替えたらしい。
 チッ、と舌打ちをして、夏野は薙刀を構える。
「冬佳(とうか)、しっかりしな!」
 槍を持ったまま膝を震わせる冬佳に声を掛けるも、彼女の意識は吹き飛ばされた千穂にしか向いていない。――千穂には悲鳴もなかった。早く切り上げて手当てをしなければ……!
(ご先祖、助けをお借りします…!)
 夏野が当主ノ指輪を掲げると、男の侍が現れ、あっという間に敵を一掃した。自分たちの始祖に当たるというそれは、いつも土壇場で助けになってくれる。
 息をつく間もなく、夏野は踵を返した。千穂の身体はさほど遠くには倒れていない。しかし、一度、山の岩場に打ち付けられたのだろう――敵から受けた一撃以上に傷は深かった。
「千穂、しっかりおし!」
 お雫を唱えながら夏野は声を掛けたが、千穂はぴくりとも反応しない。術で出来る限り傷を癒したが、じんわりとまだ血が滲む。治癒が追い付かない。内蔵にまで傷が達している可能性は高い──千穂が横たわる雪は鮮血で真っ赤に染まっていた。
「千穂ォ…、嫌、嫌ぁ……」
 その場に泣き崩れた冬佳の声が耳に届く。一月違いで生まれた二人は目や髪、肌の色がそっくりでまるで本当の姉妹のように見えた。馬も合うのか、いつも一緒にいて、仲良く遊んでいた。
 泣きじゃくる冬佳が動かないので、秋司は諦めて夏野の元へ駆けた。
「…千穂は、」
「…見ての通りだよ」
 周りに飛び散った血の量に秋司は顔を青くさせる。
「帰ろう」
 黙り込んだ夏野の肩に手を置いて、秋司は小さく言った。袖で目元を拭い、夏野はどうにか頷いた。



 屋敷に戻ってすぐに医者に見せたが、千穂の容態は思わしくなかった。今夜が峠ですよ、と初老の医者は重々しく告げる。初代から懇意にしてもらっているこの医者は、彼ら一族の生命力の強さをよく知っていた。それを見越しての言である。
(…今夜、意識が戻らなければ)
 ゾクリ、と背筋に悪寒が走るのを夏野は感じた。自分の肩を抱き寄せるように腕を組む――寒い、と感じるのは季節のせいだけではないだろう。
 目の前に横たわる千穂の顔色は雪のように白かった。あれだけの血が流れたのだ。傷も深い。荒い息で痛みに耐える少女はまだ五ヶ月――つい先日、新しい術を覚えたと嬉しそうに報告してきた幼い笑顔が頭を掠める。
 当主様、とイツ花が後ろから声を掛けた。
「…何だい」
「…千穂様のこと、春平(しゅんぺい)様には、」
 春平は千穂の実父である。老齢の彼は今、病で床に伏せっている。この家に生まれた者の定めを、彼もまた全うしようとしていた。
「……いや、」
 一瞬、夏野は迷った。が、目をきつく閉じ、開いた時には決めていた。
「春平兄さんには伝えないで」
 分かりました、とイツ花の声が返ると、部屋はまた静寂に包まれた。
 千穂の断続的な呼吸だけが響く。
 ――今回の遠征を、無謀な挑戦だったとは夏野は思っていなかった。末の冬佳と千穂には十分な訓練と武者修行をさせたし、元来素質の高かった秋司は一年と三ヶ月になり、強さの円熟期を迎えていた。夏野自らの力も整った頃である。
 だが、敵はそれ以上だった。
(…目算が甘かった。もっと警戒して進まなきゃならなかったのに)
 気が付いたら敵に囲まれ、じりじりと体力を削られた。どうにか初戦を終えたが、敵は次から次へと湧いてきた。その時には既に逃げられなくなっていた。
(千穂が死んだら、私のせいだ、…私の)
 きつく肩を抱き締めて夏野は力無くうなだれる。
 かの、とその背中に掛けられた声があって、夏野は振り返った。――四ヶ月から当主を務める彼女をそう呼ぶ人間は家族の中で限られていた。
 シュウちゃん、と思わずかつての愛称で呼びそうになって、夏野はかぶりを振った。
「…冬佳は?」
「今、ようやく寝ついた」
「そう…、ありがとう」
 秋司は夏野の隣に腰を下ろすと、千穂に手を伸ばし――途中で止めた。彼の辛そうな表情を横目で見て、夏野は目を伏せる。
 二ヵ月目の訓練を千穂に施したのは秋司だった。まだ子のない彼にとっては娘のようなものだったのかもしれない。
「春平兄さんはイツ花が見てる。…あっちもそろそろかも知れん」
「……そう、」
 答える声は弱い。短命の呪い。戦い続けなければならない運命。一族にとって死は近しい存在だったが、だからと言って慣れるものでもない。
「なに、大丈夫さ」
 重い空気をどうにかしようと、秋司は無理やり笑顔を浮かべた。
「もし千穂が三途の川を渡ろうとしても、今なら春平兄さんが追い返してくれるって」
 だから、と秋司は夏野の肩に手を置く。
「…おまえは少し休め、な?」
 夏野は、しかし、その場を動かなかった。
 彼女より三ヶ月早く生まれたこの青年は、激情家の父と異なり、穏やかな性格に育った。特に、幼くして当主となった夏野を昔から何かと気に掛けていた。
 夏野にとって秋司のそうした優しさはありがたくもあり、また同時に戸惑うものでもあった。──幼かった頃ならまだしも、もう一年。当主になって半年。いつまでも甘えていられない。
 何も答えずに、夏野は水桶に浮かぶ手ぬぐいを絞ると、千穂の額に浮かんだ汗をそっとぬぐった。その様子を見て、秋司は小さく息を吐く。
「…二時間、」
 千穂から目を離さないまま、夏野は呟いた。
「…え、」
「先に仮眠を取って。二時間後、交代で。イツ花にもそう伝えて」
 お願いね、と夏野はほんの少し笑みを浮かべて、秋司を見た。
 分かった、と彼は答えて、部屋を出て行った。




スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

01 | 2020/02 | 03
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
カレンダー

01 | 2020/02 | 03
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29

カテゴリー

管理人

amano

Author:amano

リンク