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ある一族の序章 -第七話-

2019.08.26 09:50|俺屍

第七話 カナ




(何、これ)
 渡された白い包みは暖かく、柔らかかった。
「あなたの子どもよ」
 美しい顔と優しい声を持つ天女様にそう言われても実感は沸かなかった。
 腕の中にいる子どもは意味の為さない声でふにゃふにゃと泣いている。肌は褐色で、うっすらと頭に生えた毛の色は赤。
(…似てないわ)
 白い肌に赤い眼を持つ自分とはまったく似ていない。
(じゃあ、これ、何?)
 戸惑っている間も、「こうやって、あやすのよ」と訳知り顔で天女様やその他の女神さまが何やらいろいろと教えてくれる。首は座っていないから支えてやるのだとか、笑顔を向けてやるといいだとか。
 ──天界の誰一人、親になったことなんかないくせに。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 カナは実の両親のことは覚えていない。物心がついた頃には天界にいた。
 彼女に剣と術を教えたのは鹿島中竜。彼は昼子から教育係としてカナを任されていた。
 緑色の長い髪と金色の目で珊瑚のような角が頭から生えたその神は、彼女を実の娘のように慈しんだ。
「鹿島様には角があるのに、どうして私にはないの?」
「それはあなたが人間だからです」
 困ったような笑みを浮かべ、鹿島は自身の角からカナの手を引き離す。彼女は彼の角が羨ましくて、ことあるごとに触っていた。
 人間だから、と言われても、カナにはよく分からなかった。天界に暮らす神々は眼の色も肌の色もも髪の色も、姿も形も違う。この世界では誰もが誰にも似ていない。自分だけ「人間だから」と言われても、納得ができなかった。
(私にもいつか生えるのかな?)
 角か、羽か、──はたまた、もっと違うものかは分からないが。
 肩口で切り揃えた緑の髪を撫でながら、カナは鏡に映った自分の姿を不思議そうに見ていた。
 カナが自分の異変に気付いたのは、そう遅い時期ではなかった。人にしたら早く、神にしたら一瞬の時間。しかし、彼女の掛かった呪いから考えれば、──やはり遅かったのだろう。
(私だけ、背が大きくなる)
 朝、目が覚めるたびに自身の身体の変化に気付く。
 七日前までかがんでもらわなければ、手が届かなかった鹿島の角にもう手が届く。
(私だけ、髪が伸びる)
 周りの神々に変化はない。
 質の細い深緑の髪はもう背に届くほどになっている。
(私だけ、……)
 微かな鈍痛が、膨らみかけた胸に走る。
 昨日まで、こんな痛みはなった。
 こんな肉の膨らみはなかった。
(…人間だから?)
 その日、カナは太照天夕子から呼び出しを受けていた。偉い方だから粗相のないようにね、と鹿島に身支度を整えられ、送り出された。
 そこで、彼女は己の出生と掛けられた呪い……そして、これから彼女が背負う宿命についての話を聞いた。
「神々と交わって子を作りなさい。あなたの血を絶やしてはいけないのです」
 ぱちぱちと赤い眼を瞬かせて、カナは真剣に夕子の話を聞いた。聞いたけれど、やはりどういうことなのかはよく分からない。
「その“子ども”と、一緒に鬼を倒せばいいの?」
「そうです。…さぁ、では、その子の父親となる方を選んで」
 何を?と首を傾げながら、夕子が示した四人の神々の中に見知った顔があって、カナは嬉しそうにその人の名を指差した。



 太照天の使いが鹿島の元へやってきたのは、カナが彼女の屋敷へ向かって数時間後のことだった。
「何かの…、間違いではありませんか?」
 使いの者が告げる言付の内容を聞き、鹿島は頬を引き攣らせる。
「いいえ、間違いではありません」
 きっぱりと答える使いの者の声が冷たく響く。
「カナ様はあなたを交神のお相手に選ばれました。準備をなさって下さい」



 天界にいる神々のほとんどは、お業のしでかした“過ち”を冷ややかに受け止めていた。
 人間に恋をするなど、ましてや子を設けるなど……愚かな女だ、と。
 鹿島中竜もそうした神々の一人だった。だからこそ、昼子の計画に賛同したのだ。
 お業の尻拭いをするのはまっぴらごめんだったが、朱点童子──もとい黄川人の暴走は目に余るものがある。このままでは天界の存続も危うい。自分たちの平和のために、あれに太刀打ちする存在が必要だ、と。
 この計画に反対した神々も、少なからずはいた。
 突然、成り上がった昼子への反発から。
 計画そのものへの不信感から。
 理由はそれぞれだったが、彼らはまともな神経をしていたのかもしれない。
 本格的に動き始めて、──自身が交神相手に指名されて。
 鹿島は初めて、この計画の恐ろしさに気付いた。



 太照天の屋敷に辿り着き、カナに会う前に鹿島は昼子を訪ねた。一度は使いの者に拒否されたが、無理やり押し通した。彼は必死だった。
 御目通りが適い、鹿島は昼子の部屋へ向かう。
 そこにいた女は白の装束に身を包んで、春の日差しのような笑みを浮かべていた。煌びやかな魅力を持った夕子に比べると、その容姿は凡庸だ。とりわけ美人というわけではない──だが、その瞳の平穏さが、今の彼には怖かった。
「…昼子、様」
 挨拶も忘れて、その名を呟く。
 鹿島の無礼も気にせず、昼子はすっと音もなく立ち上がると、まるでお手本のようなお辞儀をした。
「わざわざご足労願いましてありがとうございます。鹿島中竜さま」
「こ、こちらこそ、お時間を割いて頂き、ありがとうございます…」
 慌てて挨拶を返すも、声は裏返っていた。神としての位は彼の方が低い。しかし、その年数は、この女がこの天界で最も若い。にも関わらず、この威圧感は何だ?
「で、御用件は?」
「カナの…爾来カナの件でございます! どうか、…この度の交神の儀、見送っては頂けませんか?」
「何故です?」
 食って掛かるように告げる鹿島に、昼子は不思議そうに首を傾げた。そのゆったりした動作は、本当に分からない、というふうに見える。
「何故も、何も…」
 胸元を押さえ、鹿島は続ける。
「私はカナの教育係です。あなたがそう任命なさった……私は、あの子を実の娘のように思って育てました。たったの数ヶ月でしたが、あの子と過ごした時間は今までのどの時よりもかけがえのないものです。…しかし、」
「彼女はあなたを交神相手に選んだ」
「…そう、です」
 スッ、と昼子の金色の目が細められる。
「何か問題が?」
「あの子はまだ子どもです……!」
 身を乗り出して、鹿島は声を上げる。
「カナはまだ子どもです…。今回、私を選んだのも、単に顔見知りだったからだというだけで、何をするかは分かっていない……そんな子どもには、まだ、」
「何か、勘違いをなさっていらっしゃるようですね」
 鹿島の言葉を遮るように、昼子は大きな溜息を吐いた。
「も、もちろん、彼女に掛かった呪いは存じております。時間がないことも……」
「あぁ、もちろん、それもありますけどぉ、」
 面倒くさそうに、昼子はもう一度、溜息を吐いた。口元に笑みを浮かべ、困ったように小首を傾げ、彼女は鹿島を見やる。
「私たちに拒否権はないのですよ?」
「え、」
 遠くを見やって、ふぅ、と昼子は息を吐く。ゆっくりと立ち上がって、窓の外を──カナが待機している夕子の屋敷がある方へ、目を向ける。
「私たちは彼ら一族に“協力”するのです。朱点を討つのはあくまでも彼らですもの……拒否できるわけないしょう?」
 ね?と昼子は鹿島に微笑んで見せる。
 その眼の色を──暗く淀んだ、深い絶望の色を見て、彼は「ダメだ」と思った。
 何を言っても無理なのだ。この計画は、“第二の朱点童子計画”は動き出してしまった。もう誰にも止められない。
「ご安心なさいな。きっとよいこが生まれます」
 再び窓の外を見やる昼子は、心底愉快そうにそう微笑んだ。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ぱちくりと赤ん坊が眼を開く。
 ──金の瞳。
 その色に、カナは見覚えがあった……あの人の。
(…厭だ)
 そう思った瞬間、腕の力が抜けた。
 白い包みがゆっくりと落ちていく──……、
「……危ない!」
 すんでのところで、それは周りにいた女神の一人に拾われる。
「何をしてるの、気をつけて!」
 こうやって抱くのよ、とまた無理やりに赤子を持たされる。
(…厭、…厭。私、厭なの!)
 心の中で叫んだ悲鳴は、誰にも届かない。
(私、母親になんか、……なりたくない)
 ──親の顔もその愛も知らない娘は、そうして天界を追い出された。





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