FC2ブログ

ある一族の序章 -第八話-

2019.08.26 09:52|俺屍

第八話 百起




 ──あの女は化け物だった。
 爾来家、四代目当主の印象を聞かれたら、俺は迷いなくそう答える。



 何度転んでも起き上がれるように、と父の秋司から与えられた名前は「百起(ひゃっき)」。
 眼の色は父親とよく似た赤で、しかし、似ているのは色だけだった。大きくはっきりとした目を持つ父と比べ、俺の目つきは悪く、下から睨むようにして人を見るのが癖だった。
 技の覚えも悪く、力の育ちも悪かった俺を、四代目はしょっちゅう怒鳴りつけていた。彼女が「きー坊」と呼ぶようになったのは随分と幼い頃からで、「ひゃっき」という名は大きな声で呼びつけるには発音がしづらい。
 当時の爾来家は俺を含めて四人しかいなかった。当主と、父と、冬佳姉さんと、俺。爾来が背負った呪いを考えれば、この人数は少ない方だったのだろう。
 その当時で一番年が近かった冬佳姉さんですら、俺とは七ヶ月も離れていた。ハッキリ言って、全員が俺から見れば大人。そして、その全員が全員、恐ろしく厳しかった。
 普段は温厚な父ですら、訓練の時は鬼のような形相で俺に術と弓を教えた。当主のカナに至っては鬼だ。少しでもミスをしようものなら、薙刀の柄で頭をはたかれた。初めて実戦に出て戦った時は鬼がかわいく思えたほどだった。
 訓練時代、あまりにも苦しい時は思わずイツ花に泣きついた。
「このままだと大人になる前に禿げちまう」
 頭のてっぺんを押さえながら、何度かそうした泣き言を彼女に漏らした。
「みなさん、百起様に強くなって頂きたいんですよ」
 イツ花はいつも慰めの言葉をかけてはくれるが、家の教育方針には口を出さなかった。初代の頃から当家に仕える彼女がやることは掃除や炊事、洗濯といった家事と、手紙や書類の管理等、当主の秘書のような事務仕事だった。
 それでも、彼女は俺にとっては「優しいお手伝いさん」だった。休憩時間に遊びに行くと「ご当主には内緒ですよ?」と飴をくれる。彼女がくれるそれはいろいろな種類があり、色から何味かを当てるのが密かな楽しみだった。
 休憩時間にもらったそれをねぶりながら、屋敷の外を見ると同じ年頃の子らが遊んでいてぼんやりとそれを眺めていた。羨ましく思ったが、何となく一緒に遊んではいけないような気がした。
 十里(とおり)が家に来てからは弟が出来たみたいで嬉しかった。しかし、彼は(あの)化け物、当主の息子。俺と違って、天才だった。メキメキと力をつけて、奥義なるものまで編み出しやがった。それでも、幼い頃は一緒に過ごした期間が長かったためか、今でも健気に俺を慕ってくれている。性格は母親に似なかったようだ。素直ないい奴である。
 四代目は毎回、必ず討伐に参加した。俺が覚えている限りで彼女が戦わなかった月は冬佳姉さんの交神の儀がある時だけだ。その間も、俺と十里に特別訓練なるものを指導した。訓練の鬼だね、ありゃあ。彼女は常に戦い続けていた。まるでそうしなければ、死んでしまうみたいだ。
 その年の夏の選考会にも「ちょっくら行って来るよ」といつものように薙刀を背負って、家族を引き連れて彼女は出掛けた。俺や十里は初めて見る人の山やら帝やらに興奮したけど、当主は何回目かの参加でもう慣れたものなのか、さすがに落ち着いた様子だった。
 選考会の結果は優勝。
 楽勝だった。
「俺たち、最強~」
「いえーい!」
と、十里とハイタッチを交わしたところを、「自惚れるんじゃないよ!」と一喝され、いつものように薙刀の柄で殴られた。 
 そんな調子だったから、翌月、当主が討伐に「行かない」と言い出した時は正直、驚いた。
「どこかお加減が悪いんですか?」
「まさか。一美(かずみ)の訓練をするだけだよ」
 心配そうに尋ねる冬佳姉さんに、彼女は笑って答えた。一美とは選考会の一月前に生まれた冬佳姉さんの娘の名だ。選考会の月は冬佳姉さんが面倒を見ていた。
「…あまり無理をならさないでくださいね」
「私の心配はいいから、このジャリどもの面倒を頼んだよ!」
 彼女は威勢よくそう言って俺たちを送り出した。その時の彼女の年齢は一年と七ヶ月。我が一族にしては老齢、もう立派なばーさんだ。姉さんが心配するのは分かる。分かるが……。
「あの四代目に限って死ぬ気がしねぇよな、十里」
 当主の薙刀が見えないと思って、俺はここぞとばかりに悪態をつく。
 当然、同じような反応が返ってくるだろうと思っていた。けれど、予想に反して十里は一瞬暗い顔をして、「…そうだね」と答えるだけだった。
(やっぱし、実の母だから心配なんかね)
 父親の顔しか知らない俺には理解できない感覚なのかもしれない。
 その時、俺はそうやって納得した。
 そう、俺って奴は、まったくおめでたい野郎だったわけだ。



 討伐から帰ると、当主は小さな壺になっていた。
 「皆さんが討伐へ行かれて、三日後に…」と視線を落として言うイツ花の言葉が、何を指しているのか、俺には理解できなかった。
「ご苦労だったね、イツ花」
 事態を飲み込んでいるのか、冬佳姉さんが労いの声を掛ける。彼女の膝の上には娘の一美がいて、不安げな様子で母親に身を寄せていた。
 十里もまた状況を把握しているらしい。壺の前に神妙な顔付きで正座をしている。その様子がなんだか滑稽だった。だって、壺だぞ?
「だいぶ前から、薬を使ってたしねぇ…」
「もう年なんだから休めばよかったのに」
「それが一番嫌だったんでしょうね」
 小さな壺を囲みながら、誰もがまるで遠い人のことを話すかのように当主について語る。──俺だけがまだ理解できていない。
「百起様、」
 名前を呼ばれて反応が遅れたのは、その名で呼ばれたのが本当に久々だったからだ。上は「きー坊」、下は「きー兄ちゃん」と俺を呼ぶ。イツ花だけが、俺を──いや、家族すべてを、きちんと名前で呼ぶ。
 これを、と彼女が差し出したのは薄い手紙と小さな指輪だった。指輪には見覚えがあった。彼女の、当主の指に嵌っていたもの。
「ご遺言です」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「誰も恨むな。自分の血も家族も世間も……誰も恨んじゃなんねぇ」
 死に際に夏野が思い出したのは先代の最後の言葉だった。幼い頃から「当主になる!」と宣言していた彼女の言を受けて、彼は本当にそれを実行したのだ。その時はまだ四ヶ月だった。ちょうど今の、彼女の息子くらいの年である。
 大部屋の真ん中に敷かれた布団。指導役を買って出たくせに、一美の世話はイツ花に任せっきりにしてしまった。身体の不調を夏野は前々から自覚していた。薬を使用し、騙し騙し、ギリギリまで戦って──そうでもしなければ、やっていられない。
「……“誰も恨むな”、か」
 ハッ、と鼻で笑うようにして、夏野は息を吐く。
 死んでいった家族の顔が浮かぶ。
 老衰で死んだ者、戦って死んだ者、自らの命を絶った者。その道連れになった者。誰もが短い命を散らして、夏野の前から消えていく。
「父様…、無理だよ」
 誰にともなく、夏野は呟く。 
 私には、無理だった。
 私には、できなかった。
 誰も恨むな、なんて。
 自分たち家族に呪いを掛けた朱点が憎い。
 千穂を死に追いやった鬼が。
 春平を追い詰めた絶望が。
 それでも、その血を繋いで「生きろ」という運命が。
「恨むな、なんて…そんなこと、」
 憎しみを力に変えて。
 戦って、戦って。
 いつの間にか、もうこんなところまで。
 口元を押さえて夏野は咳き込んだ。手を開いて見ると痰に血が混じっている。討伐に出た家族が戻ってくるまで、自分の命はないだろう。
 もはや、──できることはただ一つ。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 イツ花に遺言書と指輪を手渡されても、その意味を百起はすぐには理解しなかった。
「え、俺?」
 彼以外の家族は全員がもう知っていたかのように、待っていた──彼がその手紙を開くのを、指輪を嵌めるのを。
 躊躇いながらも、百起はそっと手紙を開いた。
 彼女の最後の言葉。
 誰よりも強く、誰よりも一族を想って死んだであろう四代目の、最後の言葉。
 ──開いた瞬間、百起は盛大にその場にずっこけた。
「きー坊?」
「兄ちゃん?」
 冬佳と十里に声を掛けられ、百起はどうにか立ち上がることができた。そして、大声を上げて笑う。
 何事かと訝しげな顔を浮かべる家族に、彼は笑いながら、手紙を掲げて見せた。
 幼くて字が読めない一美以外が、やはりその場にずっこけた。
 そこにはでかでかと、書き殴るような字でたった一言だけ、こう記してあった。
 『好きに生きな』、と。
「言われなくたって、」
 百起は笑いながら、当主ノ指輪を至極軽い気持ちで指に嵌めた。
「好きに生きるっての!」
 ──爾来家、五代目当主の誕生である。





スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

01 | 2020/02 | 03
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
カレンダー

01 | 2020/02 | 03
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29

カテゴリー

管理人

amano

Author:amano

リンク