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たまかぎる…

2019.09.28 21:59|俺屍
 一本松家、番外編。
 イツ花の知らない、交神の儀での話。
 光成・太照天夕子編。


 社の御扉を抜け、目の前に広がった風景に、光成は思わず息を飲んだ──空の高い所は昼の天色と紺碧の雲、そこからだんだんと低い方へ、夕焼けの温かな色が眼下へ広がっていく。
 青から橙へと伸びる、その見事な階調は、光成が最も好む時間帯の色だった。胸を衝くような郷愁。帰りたい、と思うのに、帰る気になれない、あの黄昏時の気持ちは、いつも彼女の笑顔を一緒に思い出させた。
「──気に入っていただけましたか?」
 声を掛けられ、光成は後ろを振り返った。
 金の簪が陽の光を反射して、思わず目を細めた。夕焼けによく映える白い肌と、唇の赤さが目立つ──派手な女だ、と光成は思った。紅を差す女なぞ、都では大貴族の奥方か、商売女しかいない。
「貴女は趣味がいいですね」
 大変気に入りました、と光成は答える。
 対する女は目を細めた──よかった、とか。何とか。その赤い唇から紡がれる次の言葉を予測するが、考えていたものとまったく違うことを言われる。
「そう素直なら、昼子を選べばよかったのに」
 いけすかねぇ女、と光成は即座に思い直した。

 どうぞこちらへ、と誘われるままに、光成は豪奢な屋敷へと案内された。
 豪奢、と言っても、全面に金箔が貼られているとか宝玉が壁に埋め込まれているとかいうものではない。例えばそれは欄間に掘られた見事な花や龍の造りであったり、趣味のよい調度品に施された螺鈿細工であったり、ピカピカに磨き上げられた傷一つない無節の木板でしつらえた長い廊下であったり、──そういうものに見出された。
 ものが簡素なだけに、本物であることが痛感させられ、光成はかえって居心地の悪い思いをする。
「光成殿は酒を好むと聞きました。ささやかながら、宴席を用意しましたので、どうぞ」
 天界第二位の女神(しかもとびきりの美人)にそう言われ、悪い気がする男はいないだろう。ありがとうございます、と光成は答え、素直に歓待を受ける。
 他の者の気配はしなかった──が、これだけの屋敷を保つのに、彼女一人ということはないだろう。そのあたりはどうなっているのか、イツ花から聞きそびれた。
 どうぞ、と夕子自ら一献を勧められ、光成は素直にそれを受けた。
 銘はわからないが、この盃も一級品なのだろう──夜の空を思わせるそれは、下界の天目茶碗に似ていて、それよりも星が細かく、夜の色が深いように見えた。
(……うまっ!)
 盃に口をつけ、思わず目を見開く。
 “うわばみ”の愛称がつけられるほどには酒に強く、その種類も量も飲んできた気でいた。しかし、今、振る舞われているこの酒はそのどれをも凌ぐ。香りこそ少ないものの、舌の上に拡がる甘味と、そこから抜ける辛さがちょうどいい塩梅なのだ。
「天界で作らせた酒です。お口に合うと良いのですが、」
「合うも何も──こんな美味い酒、初めて飲みました」
「そう? …よかった」
と、夕子はもう一献と徳利を光成に傾ける。素直にそれを受け、美酒を口に含む。
「こんなに天界の酒が美味いなら、氏神になるのも悪くないですね」
「ふふっ、気に入っていただけたようで何よりです」
 夕子はそう言って笑う。笑うときは歯を見せぬように、手をかざす仕草が、高位の女であることを思わせた。
「夕子様もお飲みになるのでしょう?」
 どうぞ、と徳利を持ち替えて、光成は差し出した。
 あら、と夕子は嬉しそうに声を上げる。
「それでは、遠慮なく」
「どうぞ」
 ぐいっと、一息に飲み干して、ほぅーと夕子は息を吐く。イケる口じゃないの、と光成は笑う。
「神々も酒を嗜むのですね」
「個人の嗜好もありますが……神のほとんどは酒が好きですよ。“御神酒”と言うでしょう? 酒は我々にとって、大事な力の源なのです」
「はぁ、なるほど、」
などと言いながら、1本空けてしまった。
 代わりを用意します、と夕子が扇で合図すると、どこからともなく新しい徳利が現われた。
 共につけられた肴もうまく、酒は進む。
「イツ花はうまくやっていますか?」
 和やかに進む宴の中、夕子は不意に言った。
 化粧を盛ったその顔からは真意は読めない。が、声で何となく察せられる。
「元気なだけが取り柄の娘で……御宅の邪魔になっていなければ、よいのですけど、」
「邪魔だなんて、とんでもない」
 光成はすぐに応えた。
「彼女にはよく助けられています──うちのイツ花はとても優秀なので、」
 ニッ、と笑って、光成は言う。
 は、と夕子は短く息を吐いた。
 そして、長い、長い息をゆっくりと吐く。
「本当に、なんで、昼子を選ばなかったの?」
 それはもう公然の秘密としてあるものなのだろうか。目の前の美しい女から、その意図がまったく見出せない。
 ただ一つ、この短い会話でわかったこともある。
「貴女は、──夕子さんは、心の機微を理解する方なのですね」
 それは意外なことだった。かつての最高位の神が、人の心を汲むなど、思いもしなかった。彼らの感覚はヒトから遠く、ゆえにこのような形で朱点を倒すことを思いついたのだろうとすら、考えていた。
 夕子はきょとんとした表情で、光成を見た。そして、声を上げて笑う。扇を広げ、口元を隠してはいたが、大爆笑、と称して構わないだろうという笑い方であった。
「…そんなにおかしなことを言いましたかな?」
「申し訳ない! …いえね、よくその反対のことは言われるのだけど、」
 目尻の涙を着物の袂で拭いながら、夕子は続ける。
「一人だけ、同じことを私に言った者がいます。それが、昼子なのです」
 またそこに繋がるのか、と光成は内心苦笑する。気まずさから酒を煽った。
「あの子を引き取って、何年かした頃かしら? “夕子様はヒトの心を理解されているのね”と。それはまぁ、天から何年も何年も眺めていれば、誰にだってわかってくるものでしょう?」
 光成はふと家のネコのことを思い出した。母の春花が近所のネコをよく可愛がっていた。光成にはどれも似たようなものに見えたが、母によればネコにも個性があり、撫でられる場所の好みもエサの好き嫌いもあるのだという。夕子の感覚もそれに近いものがあるのだろう。
「あの子、そのあとにこう続けたの──“でも、それを使ってみようとはお考えにならないのね”って。その時よ、私の跡目を継がせようと思ったのは」
 嬉しそうに夕子は目を細める。口元は扇で隠したまま、しかしその奥で見事な弧を描いているであろうことは、容易に想像できた。
「力の大小よりも、そういう発想が出て来るところが相応しいのよ──本当に優秀な娘なの、私の昼子は」

 光成は夕子の屋敷で三日ほど滞在した。
 交神の儀の最中でも忙しいのか、彼女は初日以降、あまり姿を見せなかった。その間、光成は自由に歩き回り、屋敷の美しさと美酒を存分に堪能したが、一人では味気なく思い、三日目には飽きてしまった。
「大したおもてなしもできず、申し訳ありません」
 帰り際、姿を見せた夕子はしおらしくそんなことを言った。
「またお目にかかれる日を心待ちにしておりますわ」
 そんな社交辞令まで添えて。
 しかし、その目の奥は笑っていないことには、とっくに気付いていた。
(逢魔が時には魔物に出会うと言うが、)
 下界へと続く御扉の前で、一度振り返る。
 夕子が作り出したこの空間では、ずっと見事な夕焼けが続いていた。夜も昼もなく、橙色の光がいつも屋敷の中を占めていた──それもまた、何とも落ち着かない気分にさせられた。
(……俺が出会ったのは、神か、魔物か)
 どちらも大差はない。
 そう考えて、胸中で苦笑する。
 光成は今度こそ、家路へ続く御扉を開いた。




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