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ぬばたまの…

2019.10.04 06:05|俺屍
 一本松家、番外編。
 イツ花の知らない、交神の儀での話。
 紅花・月光天ヨミ編。





「……きれい」
 目が醒めるような月の光に、紅花は思わず呟いた。
 社の扉を抜けると、そこには夜の世界が広がっていた。
 黒い天に、大きな月がぽっかりと浮かぶ。
 あたりは森の奥のようで、木の種類には針葉樹が多く、月の光を反射した緑の色が濃く浮かび上がる。月光だけでここまで明るく夜を照らせるものなのだろうか? 星の微かな光は強過ぎる月光に掻き消されたのか、ほとんどが夜の闇に沈んでいた。
 彼女が月に見惚れていると、道の向こうから提灯の明かりが近づいてくるのが見えた。
「お迎えに上がりました」
 そう言って微笑む男は、紅花の交神相手──月光天ヨミその人であった。



 屋敷への道中、紅花は何を彼と話したのか、よく覚えていなかった。「遠路はるばる…」とか「足元に気をつけて…」とか当たり障りのないことを話しかけられた気がする。うまく答えられた記憶はない。
 屋敷に通された後も、紅花は緊張しっぱなしだった。部屋には仕立てのよい紫色の薄布が天井から幾重にも張り巡らされ、紅花が今まで嗅いだことのない高貴な匂いのする香が焚きしめてあった。
 交神の儀を行う空間は天界と下界の狭間であり、その空間は相手の神によって環境はそれぞれだ──と、イツ花から説明を受けていた。大抵の場合は一族が過ごしやすいように、と指名された神自身が考えて用意しているらしい。つまり、この空間は自分のために演出されたもの。そう考えると何とも恥ずかしい気持ちになる。
「紅花殿は、おとなしい方なのですね」
「ハイ?」
 ふいに言われた月光天の言葉に、素っ頓狂な声を上げる。
 慌てて口元に手をやり、「すみません…、」と紅花は小さく謝る。
「…口下手なもので、」
 ハハッ、と月光天は爽やかに笑う。
「あまり緊張なさらずに。家だと思ってくつろいでくださると嬉しいのですが…。そういうわけにもいきませんね」
 粗茶ですが、と月光天は紅花に茶を勧めた。
 いただきます、と湯呑を受け取り、口をつけ──まず、その香りに紅花は驚いた。甘い、桃のような香りがする。湯呑には茶葉の他に、黄色の花びらが浮かんでいた。
「金木犀の花を入れてあるのです。月に咲く花と伝えられるもので、金色で星の形をしております」
 いかがですかな、と問われ、紅花は口元を綻ばせる。
「あの…、おいしいです。とても!」
 よかった、と月光天は安心するように微笑む。
 温かい茶と、彼の微笑みに、紅花の心もだんだんと溶けていった。
 ゆるんだ彼女のその顔を見て、月光天は思い出し笑いをしてしまう。
「? あの、何か、」
「いや、失礼。…ちょっと思い出して、」
と月光天は口元に手をやり、隠そうとするも無理だった。ぶほっ、と噴き出してしまい、観念して続ける。
「いえね、あなたがあまりにもかわいらしい方なので、」
「…えっ、」
と声を上げ、紅花は頬を赤く染める。耳まで熱くなるのを自身でも感じながら、「…そんなことは、」と俯くと、追い打ちをかけるように月光天の笑う声がした。
「いや、本当に…、おかわいらしい」
 ふるふると首を横に振って、紅花は真っ赤な顔のまま言う。
「ただの人見知りです。初めて会う方と、うまく話せないだけで、」
 くつくつ、と月光天は笑いを堪えきれない様子だった。
「いやいや、それでも…ですよ。実はね、交神の申し出を受けて、私はかなり気負っておりまして、」
「?」
「以前、あなた方の一族の女性と交神をした同輩──やたノ黒蠅殿と、大隅爆円殿に、その様子を聞いたのです」
 名前の挙がった神々は、2代目当主の壱花、4代目当主の静花の交神相手であった。
「爆円殿はともかく最初から否定的で。“一本松家の女は喰えない”と苦々しい顔をしておりました。彼はあまり人の好き嫌いをしない男なのですが…、それが意外でしてね、」
 その時のことを思い出し、月光天はまた忍び笑いを堪えた。
「黒蠅殿も概ね似たような反応でしたが、爆円殿の反応が著しくて。我ら天界側に、あなた方の申し出を断る権限はないのですが、彼ははっきり言いましたね──“二度目はごめんだ”と。“あんな気性の激しい女はもう勘弁、被りたい”と」
 月光天の話を聞いて、紅花は目を丸くした。
「爆円様のお相手は、私の祖母の静花です…。一カ月だけ共に過ごしましたが…。そのような激しい方では…確かに厳しいところもある方でしたが、名前の通りにたおやかな女性で。でも、芯の強さのある──そんな方でした」
 生前の祖母を思い出しながら、紅花を首を傾げる。月光天の言う祖母の像と、自身の像があまりに合わない。しかし、月光天にはそれも織り込み済みらしい。
「ご家族に見せる顔と、交神相手に見せる顔は、違うのでしょうねぇ…」
 月光天は微笑んで続ける。
「あなただって、ご家族の前では、このように緊張なさらないでしょう?」
 言われて、うぐ、と紅花は呻いた。その通りであったからだ。
「…ご家族の話をしてくれませんか?」
 月光天は言った。
 どういう意図があるのか紅花が考えあぐねていると、彼は困ったように笑う。あなたのことが知りたいだけです、と。
 そうか、と紅花は思った。
(…この方のことを知れば。私のことを知ってもらえば…、それでいいのか)
 気持ちが少し楽になった。
 紅花は続ける。手にした湯呑は、まだじんわりと温かい。
「私の家族には、父と、兄がおります」
「兄? 一本松家は一当主につき一人としか交神しないと聞いておりますが、」
「双子なので、」
「あぁ、なるほど」
 月光天が納得してくれたので、改めて紅花は自身の境遇の稀有さを思った。
 一本松家では一当主につき、一回の交神しか行わないしきたりである。これは初代が決めたこと──ゆえに、双子の自分たちの場合、どちらかが交神の儀を担う。
「兄とは、肌も目も髪も、色が同じで…。でも、性格は全然違くて──“素質が高い方が子を為すべきだ”と父である当主に直接申し出て……。私はそれに従って、この場にいるだけのです」
 そのことが情けなくなり、紅花は首を垂れる。
「…兄は、何事においてもそうなのです。当主の父に対しても、家族以外のヒトに対しても。物怖じしないというか…自分の考えがあって、それを伝えることに躊躇がないのです」
 でも、と紅花は続ける。
「私は…、言われるがままでした。兄の提案にも、父の決定にも。此度の交神の儀も、選べと言われたから、選んだまでのこと…。奉納点の高い順に巻物を見て行って──何となく、あなたを選びました。だから、本当は、こんな歓待を受ける謂れはないのです」
 ──後ろめたいと感じる原因はこれだったのか、と話しながら、紅花は思った。
 だが、語り出すと、それは止めることができなかった。
「…“素質が高い方が交神の儀をするべきだ”。兄はそう言ったけど、同時に、一瞬、私は考えてしまいました。兄には、都に好いた女性がいるのです。彼女は子に恵まれず、嫁ぎ先から離縁されたそうで。だからなのか、近所の子どもたちの面倒をよく見ていました。──兄も、その中にいて、」
 自分を置いて、同年代の子どもたちへと混ざって遊ぶ紅成の姿を思い出す。
 その一団の中で、彼だけが急激に背が伸びる──その姿も。
「私たちの一族は成長が早いものですから…。面倒を見ていくうちに、成長していった兄とは、男女の仲になった……らしいです。噂です。直接、問い質したことはありません。でも、兄は…その方と添い遂げたくて、私に交神の儀を勧めたのではないか、と。一瞬、考えてしまいました…」
 紅成のその後の発言を考えれば、ただただ一族の未来を思っての言に過ぎなかった、と今なら分かる。それでも、交神の儀を担うこと──それが嫌だったわけではないが。責任を押し付けられたように感じてしまったのも事実だった。
「兄は、何事においてもそうなのです。自分の意見があって、それを元に動いている。確かに、素質が高いのは私の方かもしれない。でも、私にはそういう決断力はない。だから、本当は紅成の方が、後継ぎにふさわしいのだと思います…」 
「……聞けばいいのに」
 さらっと月光天は言った。
 え、と紅花は顔を上げる。
「兄君とは仲が悪いのですか?」
「いえ。そんなことは、」
「なら、直接聞けばよいのではないですか? 次期当主のことや、想い人のことを」
 当たり前のように言う月光天に、紅花は目から鱗が落ちる思いがした。
「…そうですね。聞けばいいですね」
「はい。差しさわりがないのなら、」
 何となく、そういったことは“個人の秘め事”なのだと考えていた──しかし、自分と紅成は他人ではない。たった二人きりの兄妹だ。事は一族の存亡に関わる。聞けるうちに、その真意を問うことは必要である。
(なぜ、こんな簡単なことを思いつかなかったのだろう…)
 自問しながらも、答えは明白だった。──自分が、自ら問い質す側にいることが想像できなかったからだ。
 ふふ、と月光天は柔らかく微笑む。
「…あなたは優しい方なのですねぇ」
「…今の話の、どこでそう思うのですか?」
 紅花は困惑して眉根を寄せる。
「思いますよ。あなたはお兄さんのことが大切なのでしょう?」
 ──そうなのだろうか?
 一人で迷っていると、月光天が先を続けた。
「実は、私にも双子のような存在の者がいるのです。血の繋がりはありませんが、観念的な…。彼とはよく対として語られます。“日光天 トキ”という名を、御存知ありませんか?」
 その名は知っていた。
 現在、解放されている男神で第二の位に当たる神である。
「私は月の、彼は太陽の神です。ゆえに、一組として考えられることが多いのですが──力の差を言えば、断然、彼の方が高い。それもそのはず。月の光は太陽の光を反射して輝きます。彼がいなければ、私は輝くこともできない…」
 柔らかな笑みを讃えていた月光天が、初めて苦い顔をした。
「だのに、あの男はそんな力の差など関係ないというように、私に接するのです。太陽の化身にふさわしく、誰にも明るく快活な……裏表のない人物です。私はそんな彼が厭わしかった時期があります」
 月光天の述懐を、紅花は不思議な気持ちで聞いていた。
 紅花にとって、彼は高位の神である。その彼が、自分と同じような対となる存在があって、その相手に複雑な心境を抱えている。それを、自分に打ち明けることの意味が、理解できないでいた。
「私はあなたのように優しくないので…。正直、今回の交神で私が選ばれたことが、大層嬉しかった。彼よりも、私が選ばれたことが」
 ぐ、と紅花は堪えて、変な顔になったのを自覚した。
 ──でも、選んだのはただの“何となく”という理由でしかない。
 紅花の心情を察してか、月光天はゆっくりと首を横に振る。
「“何となく”、でも構わなかった。ヒトの勘というのものは侮れません。あなたが一覧の後ろから見て、それでも私を選んだくれたことは、嬉しかった。──だから、虚勢を張ったのです。あの月も、」
と月光天は、夜に浮かんだ巨大な月を見やる。
「…虚勢の表れです。あの光は、元は太陽のものですから、」
 おはずかしい、と月光天は俯いた。
 でも、と紅花は部屋の小窓から見える月を見て、呟く。
「…あなたの光は美しい」
 月光天は顔を上げた。
 頬の片側だけが笑みの形になる──苦笑というのは、こういう表情なのだろうか。
「…あなたは、やはり優しい方ですよ」
 男の手が伸びた。
 紅花は反射的に目を閉じる。彼の指先が瞼に、鼻に、唇へと触れ──引き寄せられて、何か、柔らかいものが口元に押し当てられた。
「──あなたの闇に、私の光が届きますよう」
 男の言葉は紅花の耳元に囁かれた。
 応えるように、彼女は彼の首に手を回す。
 ──この人を選んでよかった、と紅花はその時、初めて思った。







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