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一本松家 延長戦 01

2019.10.06 15:29|俺屍
 一本松家の記録。延長戦、第一幕。
 朱点打倒から帰ってきてからイツ花が天界へ戻る前後。



 阿朱羅が倒された直後、都近辺にあった地獄は消滅し、大江山に立ち込めていた暗雲は一息に晴れたらしい。
 京の人々は急に明るくなった空に驚いて、これはとうとうやりとげたのではないか、と口々に噂していた──と、イツ花は帰ってきた黄成に、事の次第を報告した。
「……それで、この“祝い品”か」
 神棚の真下に並べられた、いくつもの酒樽や米俵、大きなスルメや昆布、採れたての野菜、大きな魚や干し肉……などの、品々を見て、黄成は呟く。
「これは、明日は宴会だな…!」
「えんかい?」
と千花が聞き返すと、黄成は大きく頷いた。
「ご近所の方々を招いてご馳走を食べる日だ。家でやる祭りのようなもの」
「ご馳走…! お祭り…!?」
 千花はキラキラっと目を輝かせる。
 しかし、黄成はハァァっと大きな溜息を吐く。
「…というわけで、申し訳ないのだが、イツ花さん。明日の準備の手伝いを、お願い、したいっ……!!」
「お安い御用です。喜びはみなさんで分け合うのが一番!」
 グッと親指を突き立てて、イツ花は笑う。
「ひとまず、今夜はゆっくりお休みください。お腹は空いているでしょう? ご飯を炊いて、お味噌汁は用意してあるのですが、」
「あぁ、それは最高の晩飯です。ついでにぬか漬けもあると嬉しい…」
「おなか、減った!」
「はいはい。今、ご用意しますね」
 積年の敵、阿朱羅を倒したその夜も、一本松家はイツ花の作った手料理を食べ、眠りに着いた。さすがに疲れて切っていたのか、親子共々ぐっすり寝入っていた。



「では、そろそろ、私はお暇させていただきますね」
 イツ花がそう切り出したのは、三日三晩続いた阿朱羅打倒の宴が終わり、片付けが済んだ翌日のことだった。
 いつものように彼女が作った朝食を食べていた黄成と千花は、同時に頭に「?」を浮かべた。
「一本松家の皆様は、悲願を達成されたので──私は、天界に戻らないといけないのです」
「えっ、やだ!」
 イツ花の説明にすぐさま声をあげたのは千花だった。
「イツ花、帰っちゃうの!? なんで?? どうして???」
 千花は涙目でイツ花の腕に縋りつく。
 すみません、とイツ花は千花の頬についた涙を拭う。
「私は所詮、天界の使いっ走りのようなものなので……。目的が果たされた以上、ここにいるわけには行かないのです」
 やだよぉ、と泣く千花を、黄成はたしなめる。
「千花、わがままを言うんじゃない。イツ花さんにはイツ花さんの事情があるのだから……、」
 ぐすぐすと涙ぐみながら、千花はイツ花を見る。
「もう会えないの…?」
 う、とイツ花は呻いて、思わず黄成を見た。
 黄成も黄成で困ったような顔をしている。
「…お、お盆の頃には、会いに来られるかも、」
「ほ、ほんと!?」
 途端に笑顔になる千花に、うぅ、とイツ花は小さく呻く。
(最高神でも孫には弱いんだなぁ…)
 黄成は密かにそんなことを思った。



 作り置きがきく大量のおかずと、詳細な調理法をしたためた草紙を置いて、イツ花は天界へ帰って行った。
「ご近所への回覧板は3日以内に! お布団は一週間に一度は陽に当てて下さい。あ、お客様用の座布団も忘れずに!」
 はいはい、と黄成は適当に聞き流す。
「ぬか床は毎日掻き混ぜて……。野菜もお肉もお魚も、好き嫌いなく召し上がって……、」
「イツ花、大丈夫だって」
「し、心配ですぅ…」
 肌着は手洗いで、と最後の最後まで家事の細々したことを言い残して、イツ花は天界へ戻った。
「さてと、」
と、黄成は屋敷に視線を戻す。
「…広くなったなぁ」
 イツ花一人いないだけで、そう感じるのは何故なのか。
 娘の千花と共に、黄成は神棚に手を合わせた。15代目の鞠花の代から始まった一本松家の朝の習慣である。お供え物は子どもが用意するのが仕事だった。
「まずは日常を取り戻さないと」
 祈りを終え、黄成は静かに呟いた。



 イツ花が居なくなって、1ヶ月が経った。
 鬼の脅威がなくなり、京都にはかつての華やかさが戻りつつある。とはいえ、残党はまだちらほら現れるので、一本松家の二人はその都度、討伐へ向かった。
「だいぶ鬼の数も減ったね!」
「人里に現れるのは、ね」
 はぐれた鬼たちは山の深くや海の底にも逃げているらしい。──人里に悪さをするのでなければ、そこまで追う気は黄成にはなかった。あれらの出自のことは、娘の千花にはまだ話せていない。
(話す必要もない、か)
 鬼の残党を追いかけてまで根絶やしにすると言うのならば止めたかもしれないが、千花はそういう性分ではなさそうだ。
 それよりも、今は日々のことで忙しい。
 家事全般はイツ花に任せっきりだったので、彼らはまず「生活」をすることを優先した。
 晴れた日には洗濯をして布団を干し、食事のために市場へ買い出しに向かう。毎日一品は新しい料理を作ろうと決め、イツ花の置いていった調理法の草紙を片手に、親子で台所へ立った。
「千花は器用だなぁ」
 包丁で傷だらけになった指先に布を巻きながら、黄成は言う。野菜や何やら、切る作業は娘の千花の方が上手だった。
「父さんは味付けが上手だよ。うまく分担しよ!」
「…そうだな」
 やっと揃ったおかずを並べ、夕飯を迎える頃にはヘトヘトになっていた。
「イツ花の作り置きも今日で最後だね…」
「大事に食べよう」
「…うん」
 答える娘は少し涙目になっている。
 食事をとりながら、今更ながらに黄成は「イツ花」の存在の大きさを思い知っていた。
 娘の千花が聞き分けがよく、何かと手伝ってくれるので助かっているが、もしこれが反抗的で、ましてや生まれたてのほやほやの赤子であったのなら、……家事どころではない。
 一族が悲願達成に専念できるよう、彼女は歴代の当主を支えてきた。それは、育児や生活において、重要なことだったのだ。
「そろそろ仕事の方も考えないと、」
「鬼退治だけじゃ、ダメ?」
「鬼の数は減ってるからなぁ」
 ぬか漬けに箸を伸ばして一枚取ると、黄成はそれを一口齧る。
「帝から武運を称して貴族に取り立てるだとか何とか、話も来ているが……」
「あたし、あのおじさん、きらーい。偉そうなんだもん!」
 事もなげに言って、千花は味噌汁を飲んだ。おいしい、と満足げに笑う。今日の味付けは成功したようだ。
 よかった、と黄成は笑いかけて、話を戻す。
「ま、私たちは貴族という柄ではないからね。しばらくなら貯金で何とかなるが、」
「それなら、手習い所を開こうよ!」
「てならい、じょ?」
 千花の提案に、黄成は首を傾げる。
「都にもだいぶ子どもが増えたでしょ? その子たちを集めて、字とか計算とかを教えるの。その親からお金をもらってさ、」
「はぁ、なるほど、」
 それならば、自分たちにも出来そうだった。都の発展のためにも役立つだろう。帝にも貴族入りを断る言い訳が立つ。
「しかし、なんでまたそんなことを考えたんだ?」
 娘の案は素晴らしかったが、だからこそ黄成は不思議に思ってしまった。内容からして、たった今、思い付いた、というようなものでもないだろう。
 ずっと考えてたんだ、と味噌汁の椀を置いて、千花は言った。額のツノに手を触れる。
「あたしのツノのことを言う人たちのこと。小さい子どもなんかは、鬼の子だ、って囃し立てるの。私は鬼を退治する側なのにさ」
 でも、と彼女は続ける。
「多分、知らないんだよね、鬼のことも何も。で、あたしはどうして知ってるんだろう?って考えて……それは、父さんから教えてもらったからだって気付いた。それに、術も迷宮のことも、ご先祖が残してくれた記録があるから、それを読んでわかった。だから、他の人たちにも読んでもらえばいい!──って思ったんだけど、そもそも字が読めない人が多いな、って」
 そんなことを考えていたのか、と娘の話を聞きながら、黄成は申し訳ない気持ちになった。彼女がそこまで額のツノを気にしていたとは、考えてなかった。
「大人は仕事があるから無理でも、子どもなら──。字が読めたり書けたり、計算できたりすれば、将来役に立つのには間違いないもの! それなら、私も父さんの手伝いができるし、」
 目をキラキラさせて語る娘に、黄成は優しく微笑む。
「…そうだな。少し考えてみるか」
「うん、そうして!」
 先のことを具体的に考えてみよう、と明るい娘を見ていて、黄成は思った。思って、そして、やはり過去のことも、考えざるを得ないのだった。



「ダメだ。やっぱり天界に手紙を出そう」
 唐突に黄成は言った。
 千花の手習い所の提案があった、翌日──その朝食の席でのことだった。
「手紙…? なんて?」
「──あの赤子について!」
 あぁ、と千花は呻いて、理解した。
 阿朱羅を倒したその直後、解放されたお輪の腕の中には赤子が抱かれていた。すべてチャラだ、と赤子をあやしながら、彼女は笑った。
「これなら天界にはバレないと言っていたが……バレないわけがないんだ! 私たち一族が悲願を達成した今、天界に子どもがいる道理がない」
「神さまたち、子ども作らないもんね」
 そう!と力強く答え、黄成は箸を置く。まだ茶碗半分もご飯が残っている。
「しかも、相手は用意周到な“太照天昼子”だ。あの人が何の策も講じないはずがない…」
「昼子さんって父さんの母さんでしょ?」
「…君のおばあさんでもあるな」
 へぇ、と千花は応え、ズズッと味噌汁をすする。あまり祖母には興味がないらしい。
「そのへんはじいじたち、氏神様方がどうにかしてくれるんじゃないの?」
「あの赤子についてはまったくの想定外だからなぁ、」
「…とりあえず、ご飯食べようよ」
 千花は言って、父に食事を勧める。
「食べないと、うまくいく考えもまとまんないよ?」
「…そう、だな」
と黄成は再び箸を取った。
 今日の味噌汁は娘が味付け係だったが──出汁を入れ忘れたらしい。味噌の味しかしなかった。




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