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一本松家 延長戦 02

2019.10.06 15:34|俺屍
 一本松家の記録。延長戦、第ニ幕。
 朱点打倒後の昼子と、一本松家からの提案の話。



 天界にある太照天の屋敷は夕子好みの設えで、簡素な中にも贅の限りが施された造りをしていた。貧乏暮らしが板についてしまったのか、実家ながらに昼子にはあまり落ち着かない場所だった。
 自分の部屋だけは好きなようにしてよいと許可を得ていたので、ただっぴろい部屋の真ん中に四畳の畳を敷き詰め、その中央に囲炉裏を置いて寛げる空間を作った。
 そこは彼女にとって、天界で唯一安らげる場所となった。執務の合間に畳の上に転がってみたり、囲炉裏で甘酒を温めたりして飲んではホッと一息をつけていた。
 その日も昼子は休憩がてらに畳の上へ寝転がり、高い天井を見上げながら考えていた。
 ──お輪が連れ帰った、あの赤子の処遇について。
(どうしようかなぁ…)
 阿朱羅打倒から、およそ1ヶ月が経つ。天界の、ほとんどの者はまだ気付いていない。養母の夕子すら。昼子は彼女に赤子のことを報告していなかった。
 昼子が赤子の存在に気付けたのは、偶然と、──長年の勘によるものだった。
 天界へ戻ったお輪に労いの言葉をかけに、彼女の元へ足を運んだ。解放されたお業もまた同じ屋敷に暮らしており、姉妹は和解したらしい。二人で出迎えてくれ、温かい言葉と茶をご馳走になった──二人は何も言わなかったが、昼子は気付いた。
(この屋敷、赤子の匂いがする…)
 それは、一本松家の子どもたちを、交神の儀において、すべて取り上げてきた昼子だからこそ、わかったことであった。
 交神の儀において、イツ花が──昼子が担う役割は二つあった。一つは、天界と下界を繋ぐこと。その狭間の空間へ、一族と指名された神を案内すること。そして、もう一つは、彼らの赤子を取り上げることだった。
 交神の儀は、端的に言えば、神と一族の遺伝情報の掛け合わせ──ただ、それだけである。魂の器と呼ばれる壺の中には、生命の源となる液体が入っている。そこへ、一族と神々が、血か唾液を交互に入れる。体液から遺伝子は取り出され、液体は混ざり合い、1ヶ月かけてそれはヒトの子の形となる。
 この儀は、手順さえ踏めば、どんな神でも行うことが可能である。しかし、昼子は自らが司ることを選んだ。朱点童子討伐作戦の要となるこの儀式を、他の者に任せるのは不安だったからだ。
 結果、一本松家は、初代以外、すべてイツ花が取り上げたことになる。
 彼らの成長は早い──下界に送るときは記録の上では0歳だが、実際には歩ける程度には成長している。だから、あの一族の者は生まれたての赤子を育てることはなかったし、天界でもそれなりに育ってから親神に引き合わせるので、誰もが赤子の独特な匂いを知らないのだ。
 どんなに掃除をしても、赤子のいる空間には、その家には、独特な──甘い、乳のような匂いがする。
(まずは調査をさせないと、…でも、確実に赤子はいる。そしたら、どうする? また母親から引き離す?)
 それにはあの姉妹が全力で抵抗するだろうと思い至り、頭に手を置く。
(…赤子なら、まだ。呪いで力を封じられるかも? あの朱ノ首輪を応用して、力を抑えるように改良すれば。タタラ様に依頼してみようか。調査はモノが出来てからでも間に合うかな? 下手に動いてバレたら、次の手を打たれるやも、)
 そこまで考えて、昼子は腕を重ねて目を覆った。
(赤子に呪いの首輪を掛けるなんて…。そんなことしか、思い付かない……)
 たが、何の手も打たないわけにはいかなかった。自分がそれを見逃したとしても、周りの者が気付いたら、終わりなのだ。それこそ、赤子の黄川人を庇う者と、彼を葬るべきだとする者との間で、争いが起こりかねない。
 ゴロン、と横に倒れ、昼子は身体を丸めて目を閉じる。
 畳からイグサの匂いが微かに香った。
(…やっぱり、私たちは、)
「生まれなければよかったね…」
 思わず口に出してしまい、自嘲する。
 そんなことは、もう何万回でも考えた。
 考えて考えて──意味のないことだと、切り捨てたはずなのに。
 たのもー、という間延びした声が、外から聞こえた。
 昼子はのそっと起き上がる。
 パタパタと遣いの者たちが駆け回る足音がして、部屋の扉が乱暴に開かれた。
「何事です、騒々しい…」
「昼子様、あの、お客様が、」
「あー!ダメです、ダメです!ここには入ってこないで…」
 侍女が押し留める声も虚しく、男はあっさり顔を見せた。
「こんにちは☆」
 衣装は白を基調とした男踊り屋のそれだったが、手首や足首にかけられたのは金の鎖だった。手には紫紺の扇。ばさっとそれを広げ、彼──国造宮一本松こと流成は、にっと笑ってみせた。



「で、何用ですか?」
 昼子は場を落ち着かせると、囲炉裏を挟んで流成と対峙した。本当ならば、この自室ではなく、客間にあげたかったのだが、押入られてしまっては仕方がない。
「用がなければ、来ては行けませんでしたか?」
「こちらも突然のご訪問では、大したおもてなしもできませんから、」
「お茶の一杯でも頂ければ、満足ですよ」
 流成は笑って湯呑みを掲げた。
 昼子は短く息を吐く。
「ならば、それを飲んだら、お帰りください…」
「冷たいなぁ。我々は、夫婦の契りを交わした仲ではありませんか」
 水くさい、と扇を口元で広げ、彼は言う。
 なら、もっと早くに挨拶に来い、と昼子は言い返そうとしたが、やめた。訪ねられたところで、その時は留守であったのだから。氏神として彼が天界に上がり、会うのはこれが初めてであった。
「実は、下界の息子から手紙が届きましてね、」
「えっ! なんて、」
と声を上げて、昼子は一瞬にして嫌な想像が駆け巡った。
 ──家事がうまく回ってないのかも知れない。ご飯がうまく炊けないとか、おかずを焦がしてしまったとか。栄養不足から、流行り病に掛かっているのかも。鬼の脅威は去ったとはいえ、京都はまだまだキナ臭いところだし……。
 そうした心配が顔に出てしまったのだろう、それを察した流成はニヤニヤと笑う。
 こほん、と昼子は咳払いを一つする。
「そもそも天界に手紙を届けるなんて、どうやって?」
「お焚き上げしたようですよ? 神棚にも飾られていたが、直接手には触れられませんからな。紙なら、焼けば届くようです」
(…そんな仕組みがあったとは)
 昼子も、その方法は知らなかった。
「で、その、…手紙には何と?」
「二人とも元気にやっている、って。食事は孫が切る係で、黄成が味付け係だそうだ。時々交代すると、失敗する、ってさ」
 それを聞いて、昼子はホッとする。
「まぁ、ご飯を食べているなら、まずは安心──、」
「あと“天界にいる赤子を、養子として引き取りたい”って」
 さらり、と。
 あまりにもさらりと、流成は言った。
 昼子は目を見開く。
「…何ですって?」
「“天界に、赤子として戻った黄川人がいるはずです。彼を、一本松家の養子として引き取りたい”って」
 流成は繰り返して、知ってたでしょ?と昼子に念を押した。
「…まだ、調査段階です」
「その必要はもうない。あいつはいる。手紙を受け取ってからすぐ、オレがお輪殿とお業殿のところへ確認しに行った」
 先を越された──と、昼子は内心で舌打ちをする。それ以上に、手紙の内容が問題だ。養子? なぜ? なぜ、黄成が、弟を引き取ると?
 混乱する昼子を他所に、流成は話を続ける。
「まだ赤子だったが、確かにヤツだ。育てば、同じように強力な“神”となるだろう。今度こそは手放さない、とお業殿は言っていたが、さてはて……」
「ならば、母親に育ててもらうべきでは……?」
「──本気で言ってるのか? それは無理だろう!? この天界の神々は、子を成し育てることを放棄したんだぞ?」
 流成の声が、昼子の耳にはやけに大きく響いた。
 それを言われると、何も言い返せない。
「うちとの交神を通して、ヒトの親になった神々も多いが、産むのと育てるのは別! 傍で見てきたあんたなら、それはわかるだろう?」
「わかりません。私には、何も…、」
 首を横に振って、気を取り直す。目の前の男の言葉に取り込まれないよう、昼子は顔を上げた。
「それで、なぜ、一本松家の方々が養子として引き取るという話になるのです? ようやく取り戻した平穏ではありませんか。どうして、また、自ら災いの種を引き受けるようなことを、」
「それだよ、それ。“災いの種”──そうした認識が、オレの息子に、こんなことを言わせたんだ!」
 はぁっ、と大きな溜め息を吐いて、流成は続ける。
「そもそも、此度の一件は、あんたら天界が“子どもを育て損ねた”ことにある。あんたもその被害者のうちだろうけど…それは、まぁ、とりあえず置いておく」
 扇を畳んで、流成はそれを横に置いた。
「神の代行などにせず、子の健康だけを祈り育てていたら? あいつを拾った養い親たちが真っ当に子育てできていたら? ──もしもの話は無意味だ。本来なら、人生に二度目はない。だが、彼には二度目があった。それで? もう一度、その母親に育ててもらう?」
「…彼女だって、手放したくて、手放したわけでは、」
「天界の長たるあんたが、“災いの種”と考える子を、天界連中のすべてが受け入れるとは思えない。そんな場所で、真っ当に子どもを育て上げることは難しい」
 それを言われると、辛かった。
 その通りであったからだ。
「オレは黄川人のクソ野郎は大嫌いだから、正直、息子の申し出には驚いた。が、元を辿れば、あいつはオレらの親戚だ。引き取るという話も、全盛期のやつを倒した息子と孫がそう申し出てるんだ。抑止力という意味でも妥当だと思う。他に手はあるか?」
 ──ない。
 そんなものがあったら、とっくに動いている。
 だが、それでも。
「いいじゃねぇか。朱点退治もオレら一族に押し付けたんだ。あの赤子も押し付ちまえば、さ……。お輪殿とお業殿にも、話はもう付いている。うちに預けるなら、と了解してくれた」
 それでも、昼子は頷くことはできなかった。
 もう彼らを巻き込むことはしたくなかった。
「…あなた方の申し出は分かりました。確かに、その通り──我々、天界側にはありがたいことです。ですが、不利益の方が大き過ぎます。あなた方が、そこまでする意味は何ですか? 平和を守るということの他に……神の加護も何も、もうありませんのに、」
「タダで、とは、もちろん言わない」
 にっ、と流成は笑った。
 ほらきた、と昼子は覚悟する。
 この男が無条件でこんな話を飲むはずがない。
「イツ花を、一本松家に戻してくれ」
「……はい?」
 予想していたこととはまったく違うことを提案され、昼子は思わず声を出した。
 てっきり天界の掌握権を譲れ、と言われるのだと思っていた。一本松家の氏神は総勢11柱。彼らに縁のある神々を派閥に取り込んだとして、男神で奉納点が一番高い位置にある流成が、この天界を乗っ取ることは不可能な話ではない。
 ……それなのに。
「養子の件は、氏神になった歴代の方々とも話をしたんだ。反対の意見ももちろんあったが、イツ花を一本松家に戻そうと案が出た時、それだ!と全会一致した」
(誰が、そんなことを……!?)
「ちなみに、発案は9代目の栄成さんだ。あの人の子は双子だったからなぁ。おてんばな二人を育て上げるのに、イツ花の存在は無くては語れない、と涙ながらに訴えてたっけ……」
(あぁぁ、そうだった。確かにそうだった……けど!?)
「オレの母も祖母も、“イツ花が家に居てくれるなら、安心だ”って。オレも彼女には助けられた…。早くに母を亡くして寂しくて夜泣きしているのを、慰められたこともあったなぁ」
 遠い目をして、流成は言う。
(一体、どの口で……)
 昼子が何も言い返せないでいると、流成は視線を彼女に戻した。
 その顔はもう笑っていない。
「黄川人が成人するまでの間でいい。永遠を生きる神にとっては一瞬だろう? 彼がヒトとしての生を全うした後に、また天界に連れてくればいいさ。もしその時に昔の記憶を思い出して暴れるようなことがあったら、その時は、」
「…その時は?」
 ぐっと彼は拳を握って突き出した。
「オレたち氏神が束になって、やつを叱りつける」
 はっ、と昼子は声を漏らした。
 大勢の氏神たちに囲まれ、叱られ、拗ねる弟の姿が浮かんでしまった。
 そんな未来があってもいい、と──思ってしまった。
 わかりました、と昼子はようやく口にした。
 三つ指をついて、頭を下げる。
「どうか…弟を……。あの子をよろしくお願いします」
 うん、と流成は満足げに笑う。
 昼子の肩に手を置いて、大丈夫!と声を掛ける。
「あんたとオレの息子に預けるんだ。大丈夫に決まってるさ」
 そうですね、と昼子は笑った。
 家族のことで笑えたのは、これが初めてのことだったかもしれない。





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