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一之関家 3代目 美雪 01

2020.01.13 19:59|俺屍
 一人っ子プレイで、子の視点で綴る形式。
 3代目 美雪(みゆき)の記録。その1。




「あんた…、なんで、子を得ようと思った?」
 タタラ陣内様からのその問い掛けは、予想していなかった。
 私の表情からそれを見て取ったのか、タタラ様は苦笑して「悪い。忘れてくれ」と言って、その場を立ち去った。
 あとには呆けたような顔をした私が一人、取り残された。



 ──遡ること数時間前のこと。
「おいおい…何なんだよ、一体……」
 1019年6月、交神の儀にて。
 お相手のタタラ様は開口一番にそう呻いた。天界と下界の狭間である儀式の間に連れて来られても、私がずっとぐずぐず泣いていたせいだ。
「先々月、お父上を亡くなられて…」
 巫女姿に身を包んだイツ花が説明を付ける。それだけが、泣いている理由ではなかったけれど……大元はそれだった。
 父の継太は2代目当主を継いだ翌月、相翼院の悪羅大将に討ち死した。当主歴、わずか1ヶ月。享年、1年4ヶ月だった。
 我が一族に課せられた運命を、私は理解しているつもりだった。祖母が1歳7ヶ月という短い生涯を終えた時も、父と過ごす時間がもうあまりないことを覚悟した。
 けど、私は何もわかっていなかった。
 寿命で死ぬことすら確約されない、強大な敵に討たれて死ぬこともある──そんな当たり前が、「闘い」に生きるということなのだ。「戦い続ける運命」とは、そういうことなのだ。
 父の遺体は一人では連れて帰れなかったので、迷宮の奥深くに置いて行くしかなかった。今頃、鬼に喰い散らかされているかと思うと、余計に切ない。死に際に父が漏らした「今度はヒバリに生まれ変わりたい」という言葉の意味を、あれからずっと考えている。
 父の死んだ翌月、一人で討伐へ向かったが、戦果らしい戦果は上げられなかった。戦うのが怖い。一人で死ぬのは怖い。
 泣きながら薙刀を振るい、泣きながら鬼を殺した。怪我をしても返り血を浴びても、優しい言葉を掛けてくれる祖母も父も、もういない。
 「交神を延長して、今月はお休みなさいますか?」というイツ花の優しい申し出を、私は断った。家で一人でいたら、そちらの方が気が滅入ってしまう。かと言って、こんな気持ちで討伐には出られない。ならば、交神の儀に臨むしかないのだが……それだって、初めてのこと。不安しかない。
 そんな気持ちがないまぜになって涙が止まらないまま、ここまで来てしまった。
「どうしたもんか……。とりあえず、引き取るが」
 タタラ様は、困ったように息を吐く。
 すみません、と泣きながら、私は言葉を繋ぐ。
 交神相手に彼を選んだのは、解放した縁があったからだ。あれは今年の2月のこと──つい3ヶ月前のことだ。あの時はまだ、祖母も父も健全だった……と思ったら、また涙が出てくる。
「どうか、……よろしくお願いします」
 別れる際、深々とイツ花が頭を下げたのが目に入った。それを横目に、ふん、と小さくタタラ様が鼻を鳴らす。「…よくやる」と小さく彼が呟くのが聞こえた。



 鳥居の向こうを通って、しばらく歩くと田園風景が広がっていた。鼻をすすりながら、先導するタタラ様の後に付き従ってしばらく歩く。
 ちょうど水入れの季節なのだろう、青々とした稲が伸び伸びと背を高くしている。時期的には忙しいはずなのに、不思議なことに人の姿はない。サギやカラスすら見かけるというのに。
「この空間はニセモンだ。中身は選ばれた神の好みに合わせて変わるらしい」
 辺りを見回す私に気付いたのか、タタラ様は肩越しに振り返って説明してくれた。
「ここは天界と下界の狭間でな。どっちでもない。だから、時間の流れも歪んでいる──こちらでの一週間は、そちらの世界での一ヶ月くらいだそうだ」
「……初めて聞きました」
 タタラ様は口の端を吊り上げて、苦笑する。
「豪胆な娘だな。誰かに聞こうと思わなかったのか? 交神は初めてだろう? さっきの小間使いか、親に──……って、」
 そこまで言って、彼は口を閉ざす。私の目が潤んでいることに気付いたのだろう。
 悪かった、と小さく言って、彼は前を向いて、それからは何も言わずに歩いて行った。



 連れて来られたのは小高い丘の上にある質素な一軒家だった。
 土間から居間へ通され、「ちょっと待ってろ」と言われたので、おとなしく待つ。
 居間の造りは一般的な民家と変わらず、ここと比べたら、一之関家の屋敷の方が立派なくらいだ。
(ばあちゃんが子どもの頃に住んでいた家って、こんな感じかな…?)
 かつて聞いた祖母の思い出話を手繰り寄せる。祖母は幼い頃、かなり質素な家に住んでいた、と聞いたことがあった。「隙間風が酷くてね、冬はやんなるくらい寒くてさ」と彼女の笑顔が思い出される。
 鼻の奥がツーンとしてまた涙が出そうになるのを、ぐっと堪えた。
(…ダメだ。こんなふうに泣いてばかりでは、タタラ様に呆れられてしまう。いや、もう呆れられているかも、)
 不安に襲われ、また涙ぐむ。これでは悪循環だ。でも、涙は止まらない。
「…そんなに泣くと、目が溶けるぞ」
 戻って来たタタラ様にそう言われて、慌てて涙を拭う。
 ほら、と差し出されたのは湯呑みで、どうやらわざわざお茶を入れてくれたらしい。
「あ、ありがとうございます…」
 神様手ずからお茶を入れて下さるとは何とも恐れ多い。受け取ると、両手にじんわりと熱が伝わる。
「熱いから、火傷しないようにな」
 そう言って、彼も自分の湯呑みに口をつけた。
 湯呑みを覗くと、白く濁った、とろりとした液体が入っていた。お茶かと思ったが、違うようだ。初めて見る飲み物に恐る恐る口をつける──熱い。が、飲めないほどではなかった。ほんのりと甘味を感じる。
「葛湯だ。冬はこれが一番暖まる」
 湯呑みを掲げて笑うタタラ様に、どうにか笑い返すことができた。
 ありがとうございます、とお礼を言う。
「少し落ち着いたか?」
 はい、と返事をして、先の会話に行き詰まる。
 祖母の代から髪色が特殊なこともあり、ご近所とは疎遠だった。父以外の男性と話したことはほとんどない。ましてや、子を授かる交神の儀。果たして何を話せばいいのか、と思ったら、顔が熱くなったり、冷たくなったりした。
「…おい、大丈夫かい?」
 疑わしげな目で問われ、こくこくと頷いて見せるも、頭の中は大混乱だった。目がぐるぐる回るの感じながら、私は馬鹿な質問をする。
「あ、あの、交神って何をするんですかね???」
 タタラ様は盛大に咽せた。喉の奥に葛湯が絡まったらしい。何度か激しく咳き込む。
「だ、大丈夫ですかっ?」
 慌てて近寄り、背中をさする。大丈夫、と伝えたいのか、タタラ様は手を掲げて制するが、全然大丈夫そうには見えない。ゲホゲホッ、と苦しそうに声を上げる。
「喉が……、」
「大変! 火傷したかもっ!?」
 見せてください、とタタラ様の顎を掴んで上を向かせる。立ち上がって喉の奥まで見るも、そもそも口の中は赤いので普通の皮膚のように違いは分からない。だが、周りの色と比べて、特段変わりはないから、酷いことにはなっていないだろうと判断して、ほっと胸を撫で下ろす。──はたと、片目を白黒させるタタラ様と目が合った。瞬間、顔に全身の血が集まった。
「もももも申し訳ありませんっ!!」
 跳び退がるようにして身体を離して、頭を地に付ける。
「…大胆な娘だな」
 頭上でタタラ様の呟く声がした。
 ──あぁ、もう、これは。
 顔をあげな、と彼の声が続く。
 恐る恐る面を上げ、姿勢を整える。
 タタラ様は顎に手を当てて、話し始めた。
「交神の儀っていうのは、遺伝情報の掛け合わせだ。俺と、あんたの。血の一滴、唾液一滴でも混ぜ合わせれば、子はできる。だから、直接、肉体のやりとりをする必要はない」
 え、と私は声を上げた。神との……、と聞いていたので、てっきりそういうものだと思い込んでいた。
「やっぱ、勘違いしていたか。無理もねぇな。俺も説明を受けても、ピンと来ねぇし」
「…説明?」
「このやり方を考案したのは太照天昼子だよ」
 口の端を吊上げて、タタラ様は笑う。
 ──イツ花が敬称をつけて呼ぶその神を、彼は呼び捨てにした。
「実際にまぐあって子作りすることも可能だそうだが……ま、無理強いしてもな。あんただって、好きこのんで神とヤリたいわけじゃねぇだろ?」
「そ、れは、」
 返答に困る。
 元々はそのつもりで来たのに。
 口籠ったのを、是と取ったらしい。タタラ様は苦笑する。
「ま、だから、心配すんなって。あんたは一週間休暇でももらったと思って、ここで過ごせばいい。──あぁ、天界に通じているから、親神のとこにも会いに行けるぞ? 誰だ?」
「二ツ扇ノ前様です…」
「は、そのナリで火神が母親なのか。道理で、熱には強いはずだな」
 先程の葛湯のことだろうか? あまり自覚していなかったので、妙なところで母との繋がりが知れて少し嬉しい。
 そういうわけだから、とタタラ様は立ち上がる。
「用があれば呼んでくれ。俺は仕事があるんでな」
 え、と私は小さく声を上げる。
 その背中に声を掛けようと浮き腰になった。
「あ、あの、」
「あぁ、あと一つ──、」
 思い出したかのように、タタラ様は部屋から出て行かれる寸前、肩越しに振り返った。

「あんた…、なんで、子を得ようと思った?」



→ 02



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